過去に起こったパンデミック
国立感染症研究所感染症情報センターによれば、
「パンデミック(Pandemic)」という言葉のもともとの意味は、地理的に広い範囲の世界的流行および、非常に多くの数の感染者や患者を発生する流行を意味するもので、AIDSなどにも使用されてきました。
インフルエンザ・パンデミックは、「新型インフルエンザウイルスがヒトの世界で広範かつ急速に、ヒトからヒトへと感染して広がり、世界的に大流行している状態」を言います。
20世紀に起こったインフルエンザ・パンデミックは3度記録されおり、1つめが1918年から1919年の「スペインインフルエンザ」、2つめが1957年から1958年の「アジアインフルエンザ」、3つ目が1968年から1969年の「香港インフルエンザ」です。
それぞれ様子が違いますが、現在の私達が直面している事態を冷静に捉えていくためにも過去に起こったインフルエンザ・パンデミックについて知っておく必要があるでしょう。
1918年から1919年「スペインインフルエンザ」
全世界的に流行したインフルエンザのパンデミックでいわゆる「スペインかぜ」と呼ばれるもので、世界中に大きな被害を及ぼしました。

図はNHK「スタジオパークからこんにちは」解説委員室ブログより
国立感染症研究所感染症情報センターによれば、世界的な患者数、死亡者数についての推定は難しいと断った上で、
患者数は世界人口の25-30%、あるいは、世界人口の3分の1の約5億人
致死率(感染して病気になった場合に死亡する確率)2.5%以上
死亡者数は全世界で4,000万人から5,000万人、一説には1億人ともいわれています。
日本の内務省統計では日本で約2300万人の患者と約38万人の死亡者が出たと報告されています。
発生源は1918年3月米国のデトロイトやサウスカロライナ州付近で、6月頃にはブレスト、ボストン、シエラレオネなどでより毒性の強い感染爆発が始まったそうです。
その後、アメリカのヨーロッパ進軍とともに大西洋を渡り、ヨーロッパで流行、これが第一波。第二波は1918年秋にほぼ世界中で同時に起こり、病原性が更に強まり重症な合併症を起こし死者が急増したそうです。
第三波は1919年春から秋にかけて第二波と同じく世界的に流行したようです。当時は抗生物質は発見されていなかったし、有効なワクチンなどはなく、被害が甚大になったのはそれもあったようです。
1957年から1958年「アジアインフルエンザ」
国立感染症研究所感染症情報センターによれば、
1957年に始まったアジアインフルエンザは、スペインインフルエンザより若干軽症のウイルスによって起こったと考えられています。
また、このころにはスペインインフルエンザの時代以降の医学の進歩もあり、インフルエンザウイルスに関する知見は急速に進歩し、季節性インフルエンザに対するワクチンは開発され、細菌性肺炎を治療する抗生物質も利用可能だった
とのことです。
感染の拡大速度は今私達が経験していることからも予想がつきますが、爆発的な速度で感染していったようです。
1957年2月下旬に中国の一つの地域で流行が始まり、3月には国中に広がり、4月中旬には香港に達し、そして5月の中旬までには、シンガポールと日本でウイルスが分離されました。
1週間以内にWHOネットワークは解析を終了して新しい亜型であることを確認後、世界にパンデミックの発生を宣言しました。ウイルスサンプルは即座に世界中のワクチン製造者に配布されました。
国際的伝播の速度は非常に速く、香港への到達後6ヶ月未満で世界中で症例が確認されました。しかしながら、それぞれの国内ではかなり異なった様相を呈し、熱帯の国と日本では、ウイルスが入ると同時に急激に広がり、広範な流行となりました。
欧米では対照的で、ウイルスの侵入から流行となるまで少なくとも約6週間かかったとされています。
疫学的には、この間に静かにウイルスが播種(seeding)されていたと信じられています。
すなわち、あらゆる国にウイルス自体は侵入していたものの、感染拡大のタイミングが国によって異なっていた、ということです。この理由は定かではありませんが、気候と学校の休暇の関係だったと考えられています。
現在、学校の休校、学級閉鎖などが議論されていますが、即座に対応し、少しでも感染を遅らせることの大切さが「アジアインフルエンザ」でも感じられます。医療が発達した現代ですが、水際対策といかに感染を遅らせるかの対策はどうしても必要なようです。
「アジアインフルエンザ」は
致死率はスペインフルよりもかなり低かったとされています。死亡のパターンは、季節性インフルエンザと同様、乳児と高齢者に限定されていました。第一波では患者のほとんどは学童期年齢に集中していました。
第一波の終息後2~3ヶ月後、より高い致死率の第二波が発生しましたが、これは主に学童中心だった第一波と異なり、第二波では高齢者に感染が集中したためと考えられています。このパンデミックにより世界での超過死亡数は200万人以上と推定されています。
最初に犠牲になるのはいつだって子供と高齢者出ることは今回の新型インフルエンザでも同じです。大人が責任をもって断固対処することが必要ですね。
1968年から1969年「香港インフルエンザ」
この「香港インフルエンザ」が現在の新型インフルエンザに一番近いのかもしれません。
国立感染症研究所感染症情報センターによれば、
1968年に始まった香港インフルエンザは、アジアインフルエンザよりさらに軽症であったと考えられています。
初期の国際的な伝播はアジアフルに類似していましたが、世界のいずこでも臨床症状は軽く、低い致死率でした。ほとんど国では、その前のパンデミックにみられたような爆発的なアウトブレイクはなく、流行の伝播は緩やかで、学校での欠席や死亡率に対する影響は非常に少ないか、全くありませんでした。
そして、医療サービスへの負荷もほとんどみられず、インフルエンザに起因する死亡は、実際前年の季節性インフルエンザよりも少数で、世界での超過死亡は約100万人でした。
それでも100万人の死亡者。その死亡者が「季節性インフルエンザよりも少数」とは・・・・季節性インフルエンザも怖いんですね。


