赤本(過去問)

2009年版の赤本(過去問)です。人気校のため売り切れになる場合がありますのでご注意ください。
明治大学の校歌を知っていますか?
明治大学校歌&第一応援歌@2008年春季六大学野球(神宮球場)
両親、元団長を相手取り9900万円損賠提訴
明治大学ニュースの「明治大学應援團リーダー部 廃部解散」の項で取り上げた応援団の暴行事件ですが、2009年4月に入って新たな動きが出たようです。
2007年に明治大学応援団リーダー部(08年1月解散)の男子学生が先輩から暴力を受けて自殺した問題で、水戸市に住む学生のご両親が当時の応援団長の男性に約9900万円の損害賠償を求めて水戸地裁に提訴したと各マスコミが報じています。
両親が提出した訴状によると、亡くなった男子学生は、リーダー部で上級生から下腹部の露出や部室の居残りなどを強要され、元団長に暴力を振るわれて自殺未遂を起こし、翌月退部を申し出たが断られた。その後、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断され、07年7月に自殺した。
両親は、元団長による退部の意思撤回の強要がPTSDに陥らせ、自殺に至ったと主張。
大学や他の上級生は和解に向けた話し合いに応じたが、元団長のみ「一貫して責任を回避した」として今年2月に提訴した。
これに対し、元団長側は答弁書で「部に残ったのは学生の意思」と反論。自殺の主要因は、2学年上の応援団幹部による「長期間にわたる執拗(しつよう)で常軌を逸したいじめ」として、これを放置した「大学こそ責任が認められるべきだ」と訴えた。
元団長側が主張した幹部のいじめは、大学が昨年1月に公表した調査報告書には記載されていないものも多く、今後新たな事実が出てくる可能性もあります。
また、明治大学も裁判の行方によっては、これまで行ってきた調査に疑義ありと言われる可能性もありえるでしょう。
明治大学應援團リーダー部 廃部解散
明治大学の應援團はもともと「リーダー部」「バトン・チアリーディング部」「吹奏楽部」の三部で構成されていましたが、2008年1月、伝統ある明治大学應援團「リーダー部」は廃部解散となりました。
大変残念なことです。なぜ伝統ある明治大学應援團「リーダー部」が廃部解散となったかについて触れる前に明治大学の應援團がいかに伝統ある正統派の應援團であるかを知っていただきたいと思います。
明治大学の「應援團小史」によれば、
明治36年、旧一高が外人の横浜クラブと横浜公園で行なわれた野球試合に、当時開通後間もない汽車に乗りこんで横浜へ行き応援したのに始まるといわれ、 その後早大野球部が米国遠征の時、彼の地で応援団が組織化され大がかりに行なわれているのを見て帰り「フレー、フレー、ワセダ」とやったのが今日の応援団の始めといわれている。 その早大に突然対抗馬として現われ、たちまち本命となったのがわが明治大学應援團である。
早稲田大学に次ぐ古い歴史を持っているんですね。
もう少し、「應援團小史」にお付き合いください。
昭和22年、山川文三氏はそれまで変遷を重ねていたリーダー形式を一定させ、さらに相馬氏の3・3・7拍子をもとに、明治大学伝統の"嵐の拍手"を生み出した。
やがて24年、他校に先じて吹奏楽部を設置し神宮球場を唖然とさせた。 (省略)そして38年には外国の応援方法も研究し、バトントワラーズを設立したのである。
このように格式ある伝統と新しいものを積極的に取り入れる姿勢で明治大学應援團は「大学の應援團」のリーダー的な役割も担っていたのでした。
明治大学伝統の「嵐の拍手」を何度か見たことがありますが、非常に美しい形式美をもった応援様式でした。
また、野球部の監督を長く務め、多くの人望ある選手を育て、「なんとかせい!」一言で有名な
島岡吉郎さんも応援団の出身です。
その明治大学應援團リーダー部はなぜ廃部となったのか?
その発端は、新聞報道によれば、2007年7月、明治大学の応援団リーダー部に所属していた理工学部3年の男子学生が自殺したことに端を発します。
明治大学は男子学生が自殺した7月以降、調査委員会を設置して原因を調査。現役部員らと面談するなどした結果、「いじめはなかった」と一度は結論を出しました。
が、その後、部室から男子学生が下半身を裸にされ、バケツに入れた熱湯と冷水に局部を交互につけさせられる元幹部が撮影した暴行ビデオが見つかったということでした。
明治大学側は2007年12月24日、男子学生が元幹部らから「社会通念上許されない行為や暴力を伴う指導があった」と認め、「(部の)体質に問題があると考えており、 解散を含めて厳正に対処する」などとのコメントを発表したのでした。
明治大学では、この件に関して、2008年1月25日「本学應援團リーダー部の廃部解散について」と題した声明を発表しています。
以下、声明文「本学應援團リーダー部の廃部解散について」より
本学應援團リーダー部に所属していた学生(以下『A君』という。)が,2007年7月に自殺した問題について,学長の下に調査委員会を設け,應援團関係者に対する事情聴取をはじめとして,慎重に調査を重ねてきました。
調査の結果,次のことが判明しています。
1 大学は,應援團リーダー部において,社会通念上許されない行為や,暴力行為があったことを確認しました。應援團リーダー部は,上級生部員が絶大な権限を持つ非民主的な組織であり,本人の意思を尊重しない活動が行われていました。
2 大学は,確認された事実を鑑みれば,應援團活動がA君に精神的苦痛を与え自殺に結びついていると推断しています。 大学は,このような行為があった應援團リーダー部の在り方について検討し,應援團リーダー部の廃部解散処分を決定しました。
当時の應援團部長ならびに同副部長は既に辞任しており,また,統括責任者である学生部長に対しては厳重注意をいたしました。
関係学生の処分については,現在,学内で協議・検討中です。
大学は,一命が失われるという大変残念な事態を招いてしまったことに対し,ご遺族をはじめ,皆様に深く陳謝します。今後,二度とこのような事件を起こさないよう最善の努力をしてまいります。
こうして伝統ある明治大学應援團リーダー部は廃部解散となったのでした。
明治大学應援團のOBや関係者の方にとっては断腸の思いであるでしょうが、一人の学生が自殺という形で命を落としていることを鑑みれば、残念ですが致し方ないというところでしょうか。
亡くなった学生さんのご冥福を心よりお祈りする次第です。
その後、明治大学の應援團は、リーダー部は廃部解散となりましたが、残る「バトン・チアリーディング部」「吹奏楽部」の2部構成の形で存続し、あらゆる応援に力を注いでいるようです。
さて、その明治大学の應援團でまた1つ残念なニュースが伝えられました。
2008年10月25日のサンスポによれば、相撲部との壮行会中に明大応援団の若者がなくなったと。サンスポから記事を紹介します。
東京都世田谷区にある明治大学相撲部の合宿所で行われた懇親会で、同大応援団吹奏楽部に所属する商学部2年の男子学生(20)が酒を飲んで体調不良を訴え、死亡していたことが24日、分かった。
急性アルコール中毒だった。大学側は「一気飲みや酒の強要はなかった」と説明している。
男子学生は、昨年応援団リーダー部員が自殺した問題で解散処分を受けた同部から、吹奏楽部に再入部していたという。
明大広報課によると、東京都杉並区の和泉キャンパスで22日正午ごろから、相撲部のインカレ(11月)出場を祝う「壮行会」が行われ、応援団(吹奏楽部とバトン・チアリーディング部)が参加。
その後、午後2時ごろから相撲部の合宿所で3部の部員計37人ほどが出席し、ちゃんこ鍋を囲んで懇親会となった。
3部の未成年部員は、乾杯のあいさつが行われた後に退席。酒はビールや日本酒、焼酎が出された。
このうち吹奏楽部の男子学生が約1時間後、「気分が悪くなった」と訴えて少し吐き、周囲の部員に連れられて酔いさましのため屋外へ。しばらく後、合宿所の隣にある倉庫に移動し、床板に敷かれたふとんに横になった。
相撲部員らが9時ごろまで交代で付き添い、その後も様子を見に度々訪れていたという。午後10時半ごろ、学生の体が冷たくなっていることに気付いて119番通報。学生は病院に搬送されたが、日付が変わってから死亡した。警視庁成城署によると、遺体に外傷はなく、急性アルコール中毒と診断された。
明大広報課は「亡くなった学生は酒が嫌いではないタイプで、(体質的に)飲めないということはなかった」と説明。「(当日の)正確な飲酒量は分からないが、一気飲みや強制して飲ませることはなかった。警察も事件性はないことを確認している」と強調する。
明大では昨年7月、応援団リーダー部に所属していた理工学部3年の男子学生が自殺。部内で上級生から下半身を裸にされ熱湯を掛けられるなどの暴行を受けていたことが判明し、同部は今年1月に解散処分を受けた。
今回、飲酒で死亡した学生はリーダー部の元部員。廃部後、吹奏楽部に再入部していた。担当していた楽器は不明だが、体育会の運動部の応援に駆け付けた際には、リーダー部時代と同様にエールを送る役目を果たしていたとみられる。
今回の事の是非は皆さん自身でご判断していただくとして、記事の最後にあった廃部後、吹奏楽部に再入部、担当していた楽器は不明だが、体育会の運動部の応援に駆け付けた際には、リーダー部時代と同様にエールを送る役目を果たしていたとみられるという部分は目を引きました。
明治大学の應援團は今後どのようになっていくのでしょうか。
明治大学国際日本学部
明治大学国際日本学部は、国際日本学科があります。
場所は和泉キャンパス内にあり、国際日本学部以外に法学部・商学部・政治経済学部・文学部・経営学部・情報コミュニケーション学部があります。
国際日本学部の所在地:東京都杉並区永福1-9-1(和泉キャンパス)
国際日本学部の平均偏差値:59
※平均偏差値とは、国際日本学科の偏差値の平均。
明治大学国際日本学部の詳細につきましては公式HPにてご確認ください。
明治大学情報コミュニケーション学部
明治大学情報コミュニケーション学部は、情報コミュニケーション学科があります。
場所は和泉キャンパス内にあり、情報コミュニケーション学部以外に法学部・商学部・政治経済学部・文学部・経営学部・国際日本学部があります。
情報コミュニケーション学部の所在地:東京都杉並区永福1-9-1(和泉キャンパス)
情報コミュニケーション学部の平均偏差値:60
※平均偏差値とは、情報コミュニケーション学科の偏差値の平均。
明治大学情報コミュニケーション学部の詳細につきましては公式HPにてご確認ください。
明治大学経営学部
明治大学経営学部は、経営学科・会計学科・公共経営学科があります。
場所は和泉キャンパス内にあり、経営学部以外に法学部・商学部・政治経済学部・文学部・情報コミュニケーション学部・国際日本学部があります。
経営学部の所在地:東京都杉並区永福1-9-1(和泉キャンパス)
経営学部の平均偏差値:58
※平均偏差値とは、経営学科・会計学科・公共経営学科の偏差値の平均。
明治大学経営学部の詳細につきましては公式HPにてご確認ください。
明治大学農学部
明治大学農学部は、農学科・食料環境政策学科・農芸化学科・生命科学科があります。
場所は生田キャンパス内にあり、農学部以外に理工学部があります。
農学部の所在地:神奈川県川崎市多摩区東三田1-1-1(生田キャンパス)
農学部の平均偏差値:56
※平均偏差値とは、農学科・食料環境政策学科・農芸化学科・生命科学科の偏差値の平均。
明治大学農学部の詳細につきましては公式HPにてご確認ください。
明治大学理工学部
明治大学理工学部は、電気電子生命学科・機械工学科・機械情報工学科・建築学科・応用化学科・情報科学科・数学科・物理学科があります。
場所は生田キャンパス内にあり、理工学部以外に農学部があります。
理工学部の所在地:神奈川県川崎市多摩区東三田1-1-1(生田キャンパス)
理工学部の平均偏差値:56
※平均偏差値とは、電気電子生命学科・機械工学科・機械情報工学科・建築学科・応用化学科・情報科学科・数学科・物理学科の偏差値の平均。
明治大学理工学部の詳細につきましては公式HPにてご確認ください。
明治大学文学部
明治大学文学部は、文学科・史学地理学科・心理社会学科があります。
場所は和泉キャンパス内にあり、文学部以外に法学部・商学部・政治経済学部・経営学部・情報コミュニケーション学部・国際日本学部があります。
文学部の所在地:東京都杉並区永福1-9-1(和泉キャンパス)
文学部の平均偏差値:59
※平均偏差値とは、文学科・史学地理学科・心理社会学科の偏差値の平均。
明治大学文学部の詳細につきましては公式HPにてご確認ください。
明治大学政治経済学部
明治大学政治経済学部は、政治学科・経済学科・地域行政学科があります。
場所は和泉キャンパス内にあり、政治経済学部以外に法学部・商学部・文学部・経営学部・情報コミュニケーション学部・国際日本学部があります。
政治経済学部の所在地:東京都杉並区永福1-9-1(和泉キャンパス)
政治経済学部の平均偏差値:60
※平均偏差値とは、政治学科・経済学科・地域行政学科の偏差値の平均。
明治大学政治経済学部の詳細につきましては公式HPにてご確認ください。
明治大学商学部
明治大学商学部は、商学科があります。
場所は和泉キャンパス内にあり、商学部以外に法学部・政治経済学部・文学部・経営学部・情報コミュニケーション学部・国際日本学部があります。
商学部の所在地:東京都杉並区永福1-9-1(和泉キャンパス)
商学部の平均偏差値:59
※平均偏差値とは、商学科の偏差値の平均。
明治大学商学部の詳細につきましては公式HPにてご確認ください。
明治大学法学部
明治大学法学部は、法律学科があります。
場所は和泉キャンパス内にあり、法学部以外に商学部・政治経済学部・文学部・経営学部・情報コミュニケーション学部・国際日本学部があります。
法学部の所在地:東京都杉並区永福1-9-1(和泉キャンパス)
法学部の平均偏差値:60
※平均偏差値とは、法律学科の偏差値の平均。
明治大学法学部の詳細につきましては公式HPにてご確認ください。