2009年度入学式は4月7日 in 日本武道館
2009年3月、女友達4人と5日間ハワイに卒業旅行した女優の井上真央(22)が、明治大学文学部文学科演劇学専攻を卒業、また、「仕事と勉強で充実」と振り返った同じく女優の北川景子(22)も、明治大学商学部を卒業。
去る人がいれば、くる人もいる。
明治大学の入学式は例年、千代田区北の丸公園にある日本武道館で行われます。マンモス大学らしく、いっぺんに収容できないため、午前の部・午後の部に学部ごとに分けて実施します。
2009年の入学式は4月7日(火)。
午前の部:法学部・商学部・政治経済学部・理工学部・農学部
午後の部:文学部・経営学部・情報コミュニケーション学部・国際日本学部・大学院・法科大学院・専門職大学院
「2008年度入学式風景」明治大学HPより
【ラクビー】オープン戦、明治大が4連勝
ラクビーの大学選手権優勝12度を誇る明治大学ですが、昨季2008年は関東対抗戦で6位に終わり、24年ぶりに大学選手権への出場権も逃すなど低迷を印象付ける中、明治大学のかつてのスター吉田義人新監督に名門再建が託されました。
明治大学OBで元日本代表WTBの吉田義人新監督は、自身、秋田工高校と明治大学で全国制覇を経験し、19歳で日本代表入り、テストマッチ30試合に出場し、世界選抜にも3度選ばれているトップ選手でした。現役を退いた後、2004年から横河を指導し、トップリーグ初昇格に導いた手腕が買われての今回の監督就任。
大いに期待されるところですが、その明治大学ラクビーブが春のオープン戦でライバルで春のシーズン無敗の慶応大学に24-21で快勝しました。
いよいよ、この後は北海道で早稲田との一戦を迎えます。早稲田を撃破して春の王者となって復活への手掛かりをつかめるか。
期待したいですね。
【野球】明治大学 VS 早稲田は、早稲田大学の2勝1敗
2009東京六大学春季野球第6週(5月16・17・18日)で早稲田大学と対戦した明治大学は、第1日(16日)エースで9連勝中、なおかつ早稲田の斎藤投手との投げ合いで注目された野村投手が序盤に乱れ、三回5失点で降板。
野村投手の昨年4月20日の東大2回戦から続いていた連勝が「9」でストップしました。
翌17日に明治大学でしたが、1勝1敗で迎えた東京六大学野球春季リーグ第6週第3日(18日)は逆転負け(明治大学2-4早稲田大学)。
これで法政大学に勝ち点でリードされ、次週第7週の直接対決で優勝を決めるには連勝しかなくなりました。
その法政に第7週で対戦した明治大学は、屈辱の2連敗・・・春季リーグは3位に終わってしまいました。
東京六大学野球
2009年春季リーグ結果
1位 法政大
2位 早稲田大
3位 明治大
4位 慶應大
5位 立教大
6位 東京大
明治大学、他大学と積極的に交流提携へ
2009年3月、明治大学は、京都の龍谷大学と「大学間交流」と「大学院理工学研究科の学生の単位互換」などを可能にする包括協定と覚書を締結しました。
今回の締結は一研究科だけではなく大学同士の結びつきを強固にするのが狙いとも言われています。
また、これに先立って、明治大学は、鳥取大学とも連携協定を結んでいます。この協定は教職員・学生の交流や共同研究プロジェクトなどを進めるもの。
入試の多様化、全国の高校の系列・提携、それに加えて大学間の交流・提携と明治大学だけではなく、大学の置かれた環境が大変な時代になっていることをこうした報道を見ると実感しますが、在籍する学生にとっては学べる範囲や場所が広がるわけですから、いい面もあると思います。
大学の『志願度ランキング』1位に明治大学
2010年度大学一般入試で、明治大学の志願者数が11万5700人に達し、志願者数が初めて全国1位となりました。前年2009年度入試より9464人多く、志願者数が10万人を超えるのは4年連続となります。
不況の影響で受験校の絞り込みが強まる中、新学部の設立や独自の就職支援の取り組み、地方入試の導入など、近年の幅広い大学改革や入試改革が受験生の支持を得たと明治大学では発表しています。
特に入試に関して、明治大学では2007年度から、複数学部への出願が可能な「全学部統一入試」を全国5都市でスタートし、「国際日本学部」(2008年新設)の大学センター試験利用入試においては、従来の4科目方式に加えて、2010年度から「3科目方式」を新たに導入。4科目方式との併願も可能とするなど、様々な改革を行っています。
こうした改革の成果が志願者数の全国1位につながり、また株式会社リクルートが高校生の大学選びの動向を明らかにするため、2011年3月卒業予定の高校3年生の大学に対する志願度、知名度、イメージを調査した結果でも、志願度ランキングで一位を獲得するにいたったようです。
リクルートが行った高校所在地が関東エリアの高校生の『志願したい大学』ランキングでは、2年連続で「明治大学」が1位に。目を見張るのは、女子の「志願したい大学」順位で明治大学は4位から2位へランクアップし、総合で1位を死守したようです。
ますます人気が高まる明治大学。今年の入試ではその分偏差値がアップするかも!?です。
以下の調査結果は、株式会社リクルート 進学カンパニー実施の「高校生に聞いた大学ブランドランキング2010」より
大学の『志願度ランキング』1位:
関東エリア:
男子 明治大学(昨年1位)、女子 立教大学(昨年1位)
文系 明治大学(昨年1位)、理系 東京理科大学(昨年1位)
東海エリア:
男子 名古屋大学(昨年1位)、女子 南山大学(昨年1位)
文系 南山大学(昨年1位)、理系 名古屋大学(昨年1位)
関西エリア:
男子 関西大学(昨年1位)、女子 関西大学(昨年1位)
文系 関西大学(昨年1位)、理系:神戸大学(昨年2位)
また、「親しみやすい」イメージでも、明治大学は関東エリアと東海エリアで1位を獲得しています。
「親しみやすい」イメージ1位
関東エリア:明治大学(昨年2位)
東海エリア:明治大学(昨年7位)
関西エリア:関西大学(昨年2位)
両親、元団長を相手取り9900万円損賠提訴
明治大学ニュースの「明治大学應援團リーダー部 廃部解散」の項で取り上げた応援団の暴行事件ですが、2009年4月に入って新たな動きが出たようです。
2007年に明治大学応援団リーダー部(08年1月解散)の男子学生が先輩から暴力を受けて自殺した問題で、水戸市に住む学生のご両親が当時の応援団長の男性に約9900万円の損害賠償を求めて水戸地裁に提訴したと各マスコミが報じています。
両親が提出した訴状によると、亡くなった男子学生は、リーダー部で上級生から下腹部の露出や部室の居残りなどを強要され、元団長に暴力を振るわれて自殺未遂を起こし、翌月退部を申し出たが断られた。その後、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断され、07年7月に自殺した。
両親は、元団長による退部の意思撤回の強要がPTSDに陥らせ、自殺に至ったと主張。
大学や他の上級生は和解に向けた話し合いに応じたが、元団長のみ「一貫して責任を回避した」として今年2月に提訴した。
これに対し、元団長側は答弁書で「部に残ったのは学生の意思」と反論。自殺の主要因は、2学年上の応援団幹部による「長期間にわたる執拗(しつよう)で常軌を逸したいじめ」として、これを放置した「大学こそ責任が認められるべきだ」と訴えた。
元団長側が主張した幹部のいじめは、大学が昨年1月に公表した調査報告書には記載されていないものも多く、今後新たな事実が出てくる可能性もあります。
また、明治大学も裁判の行方によっては、これまで行ってきた調査に疑義ありと言われる可能性もありえるでしょう。
明治大学應援團リーダー部 廃部解散
明治大学の應援團はもともと「リーダー部」「バトン・チアリーディング部」「吹奏楽部」の三部で構成されていましたが、2008年1月、伝統ある明治大学應援團「リーダー部」は廃部解散となりました。
大変残念なことです。なぜ伝統ある明治大学應援團「リーダー部」が廃部解散となったかについて触れる前に明治大学の應援團がいかに伝統ある正統派の應援團であるかを知っていただきたいと思います。
明治大学の「應援團小史」によれば、
明治36年、旧一高が外人の横浜クラブと横浜公園で行なわれた野球試合に、当時開通後間もない汽車に乗りこんで横浜へ行き応援したのに始まるといわれ、 その後早大野球部が米国遠征の時、彼の地で応援団が組織化され大がかりに行なわれているのを見て帰り「フレー、フレー、ワセダ」とやったのが今日の応援団の始めといわれている。 その早大に突然対抗馬として現われ、たちまち本命となったのがわが明治大学應援團である。
早稲田大学に次ぐ古い歴史を持っているんですね。
もう少し、「應援團小史」にお付き合いください。
昭和22年、山川文三氏はそれまで変遷を重ねていたリーダー形式を一定させ、さらに相馬氏の3・3・7拍子をもとに、明治大学伝統の"嵐の拍手"を生み出した。
やがて24年、他校に先じて吹奏楽部を設置し神宮球場を唖然とさせた。 (省略)そして38年には外国の応援方法も研究し、バトントワラーズを設立したのである。
このように格式ある伝統と新しいものを積極的に取り入れる姿勢で明治大学應援團は「大学の應援團」のリーダー的な役割も担っていたのでした。
明治大学伝統の「嵐の拍手」を何度か見たことがありますが、非常に美しい形式美をもった応援様式でした。
また、野球部の監督を長く務め、多くの人望ある選手を育て、「なんとかせい!」一言で有名な
島岡吉郎さんも応援団の出身です。
その明治大学應援團リーダー部はなぜ廃部となったのか?
その発端は、新聞報道によれば、2007年7月、明治大学の応援団リーダー部に所属していた理工学部3年の男子学生が自殺したことに端を発します。
明治大学は男子学生が自殺した7月以降、調査委員会を設置して原因を調査。現役部員らと面談するなどした結果、「いじめはなかった」と一度は結論を出しました。
が、その後、部室から男子学生が下半身を裸にされ、バケツに入れた熱湯と冷水に局部を交互につけさせられる元幹部が撮影した暴行ビデオが見つかったということでした。
明治大学側は2007年12月24日、男子学生が元幹部らから「社会通念上許されない行為や暴力を伴う指導があった」と認め、「(部の)体質に問題があると考えており、 解散を含めて厳正に対処する」などとのコメントを発表したのでした。
明治大学では、この件に関して、2008年1月25日「本学應援團リーダー部の廃部解散について」と題した声明を発表しています。
以下、声明文「本学應援團リーダー部の廃部解散について」より
本学應援團リーダー部に所属していた学生(以下『A君』という。)が,2007年7月に自殺した問題について,学長の下に調査委員会を設け,應援團関係者に対する事情聴取をはじめとして,慎重に調査を重ねてきました。
調査の結果,次のことが判明しています。
1 大学は,應援團リーダー部において,社会通念上許されない行為や,暴力行為があったことを確認しました。應援團リーダー部は,上級生部員が絶大な権限を持つ非民主的な組織であり,本人の意思を尊重しない活動が行われていました。
2 大学は,確認された事実を鑑みれば,應援團活動がA君に精神的苦痛を与え自殺に結びついていると推断しています。 大学は,このような行為があった應援團リーダー部の在り方について検討し,應援團リーダー部の廃部解散処分を決定しました。
当時の應援團部長ならびに同副部長は既に辞任しており,また,統括責任者である学生部長に対しては厳重注意をいたしました。
関係学生の処分については,現在,学内で協議・検討中です。
大学は,一命が失われるという大変残念な事態を招いてしまったことに対し,ご遺族をはじめ,皆様に深く陳謝します。今後,二度とこのような事件を起こさないよう最善の努力をしてまいります。
こうして伝統ある明治大学應援團リーダー部は廃部解散となったのでした。
明治大学應援團のOBや関係者の方にとっては断腸の思いであるでしょうが、一人の学生が自殺という形で命を落としていることを鑑みれば、残念ですが致し方ないというところでしょうか。
亡くなった学生さんのご冥福を心よりお祈りする次第です。
その後、明治大学の應援團は、リーダー部は廃部解散となりましたが、残る「バトン・チアリーディング部」「吹奏楽部」の2部構成の形で存続し、あらゆる応援に力を注いでいるようです。
さて、その明治大学の應援團でまた1つ残念なニュースが伝えられました。
2008年10月25日のサンスポによれば、相撲部との壮行会中に明大応援団の若者がなくなったと。サンスポから記事を紹介します。
東京都世田谷区にある明治大学相撲部の合宿所で行われた懇親会で、同大応援団吹奏楽部に所属する商学部2年の男子学生(20)が酒を飲んで体調不良を訴え、死亡していたことが24日、分かった。
急性アルコール中毒だった。大学側は「一気飲みや酒の強要はなかった」と説明している。
男子学生は、昨年応援団リーダー部員が自殺した問題で解散処分を受けた同部から、吹奏楽部に再入部していたという。
明大広報課によると、東京都杉並区の和泉キャンパスで22日正午ごろから、相撲部のインカレ(11月)出場を祝う「壮行会」が行われ、応援団(吹奏楽部とバトン・チアリーディング部)が参加。
その後、午後2時ごろから相撲部の合宿所で3部の部員計37人ほどが出席し、ちゃんこ鍋を囲んで懇親会となった。
3部の未成年部員は、乾杯のあいさつが行われた後に退席。酒はビールや日本酒、焼酎が出された。
このうち吹奏楽部の男子学生が約1時間後、「気分が悪くなった」と訴えて少し吐き、周囲の部員に連れられて酔いさましのため屋外へ。しばらく後、合宿所の隣にある倉庫に移動し、床板に敷かれたふとんに横になった。
相撲部員らが9時ごろまで交代で付き添い、その後も様子を見に度々訪れていたという。午後10時半ごろ、学生の体が冷たくなっていることに気付いて119番通報。学生は病院に搬送されたが、日付が変わってから死亡した。警視庁成城署によると、遺体に外傷はなく、急性アルコール中毒と診断された。
明大広報課は「亡くなった学生は酒が嫌いではないタイプで、(体質的に)飲めないということはなかった」と説明。「(当日の)正確な飲酒量は分からないが、一気飲みや強制して飲ませることはなかった。警察も事件性はないことを確認している」と強調する。
明大では昨年7月、応援団リーダー部に所属していた理工学部3年の男子学生が自殺。部内で上級生から下半身を裸にされ熱湯を掛けられるなどの暴行を受けていたことが判明し、同部は今年1月に解散処分を受けた。
今回、飲酒で死亡した学生はリーダー部の元部員。廃部後、吹奏楽部に再入部していた。担当していた楽器は不明だが、体育会の運動部の応援に駆け付けた際には、リーダー部時代と同様にエールを送る役目を果たしていたとみられる。
今回の事の是非は皆さん自身でご判断していただくとして、記事の最後にあった廃部後、吹奏楽部に再入部、担当していた楽器は不明だが、体育会の運動部の応援に駆け付けた際には、リーダー部時代と同様にエールを送る役目を果たしていたとみられるという部分は目を引きました。
明治大学の應援團は今後どのようになっていくのでしょうか。